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SDGs特別編「地下水をみんなで守ろう」

 地下水は熊本の宝です。近年、地下水量は回復傾向にありますが、TSMC(台湾積体電路製造)をはじめ半導体企業の集積が進む中、地下水の保全や活用に県民の関心が高まっています。「地下水の保全と活用」について3氏に話を聞きました。

 

大西 氏 世界に誇る地下水を未来へ

大住 氏 農業と緑を守り涵養進めて

大野 氏  水を守る啓発+実践が重要

 

熊本屋台村(熊本市中央区安政町)に隣接するSDGs広場で撮影

 

熊本市長 大西 一史氏(写真右から2人目)

熊本県議会議員を経て2014年、熊本市長に初当選(現在3期目)。23年、九州市長会会長、全国市長会副会長に就任。「くまもと地下水財団」理事長。

 

NPO法人「くまもと未来ネット」理事 大住 和估氏(写真一番右)

「くまもと未来ネット」の前身「環境ネットワークくまもと」の設立に関わる。09年「くまもと環境賞」を個人で受賞するなど熊本の地下水のスペシャリスト。

 

公益財団法人「肥後の水とみどりの愛護基金」専務理事 大野 芳範氏(写真左から2人目)

肥後銀行東京事務所長、秘書室長、天草支店長を歴任。執行役員九州エリアブロック統括店長兼福岡支店長兼福岡事務所長を2018年3月に退任して現職。

 

熊本日日新聞社常務取締役 聞き手:山口 和也(写真一番左)

政経部次長、論説委員、社会部長、編集局次長、役員待遇ビジネス開発局長、取締役を経て2021年から現職。

 

 

 日本が誇る地下水都市・熊本が目指すべき将来について、大西市長の考えを聞かせてください。

 大西氏 熊本市は74万市民の生活用水の全てを地下水でまかなう、世界でも非常にまれな地下水都市です。これまで地下水の恩恵を受けてきた熊本市は、市民・事業者・行政が一体となって後世に豊かな地下水を引き継いでいかなければいけません。

 そのために必要なのが、地下水量の保全です。熊本市では平成元年度から西原村や高森町などの白川上流域で水源涵(かん)養林整備事業を進めており、令和4年度までに総面積約877㌶を整備しました。令和6年度以降は新たに30㌶を造林する予定です。令和5年度からは西日本で初となる「熊本市グリーン/ブルーボンド(環境債)」を発行し、調達した資金を本事業に活用します。

 また、平成16年度から大津町・菊陽町において水田湛水事業にも取り組んでおり、これまでに湛水した総面積は延べ約7600 ㌶にのぼります。

 令和3年度の熊本市が実施した人工涵養量は約2600万㎥で、熊本市民74万人の約155日分の生活用水に相当する地下水量を水田湛水によって育みました。

 これらの取り組みにより、長年低下傾向だった地下水位や湧水量は近年、回復傾向となっています(右下のグラフ参照)。

 一方、高齢化による後継者不足などによって涵養効果の高い農地の減少が見込まれています。加えて、半導体関連の工場などが立地すると地下水採取量が増え地下水量の減少が懸念されます。こういった地域の涵養をさらに強化するために、農家へ交付している10㌃あたり1万1千円の湛水助成金を令和6年度から1万9千円にアップすることで協力農家を増やし、涵養強化につなげたいと考えています。

 

 大住さんは江津湖で年に数回、小学生と保護者を対象に地下水の仕組みや保全について学ぶイベントを開催されています。地下水保全において大切なことは何だとお考えですか。

 大住氏 熊本の地下水を守るうえで、農業は本当に大きな存在です。しかし、白川中流域では工場の集積だけでなく、宅地化や道路などの構造物の増加で農地が次第に減っています。さらに、農業に携わる方たちはご高齢の方も多く、農家人口が減っていることは、ずいぶん前から言われています。農業の問題は、今に始まったことではなく、その上で、一大工場の問題が持ち上がったことに危機感を覚えています。「せめて現状を伝え、私たちに今できることを伝えたい」と思って私たちは江津湖で観察会をしており、その場で「ここを守るためにも、流域の農産物を買ってください」と保護者へ伝えるようにしています。

 また、熊本県では地下水をはじめとした熊本の豊かな自然環境を守る「グリーン農業」が推進されています。グリーン農業の生産宣言をして作られた作物には共通のマークが付けられています。こうした農作物を積極的に購入することも、消費者ができる取り組みの一つです。

 

 「肥後の水とみどりの愛護基金」は長年、地下水保全に取り組んでこられました。これからの地下水保全と活用に関して、企業や団体ができることは何でしょうか。

 大野氏 当財団は約40年にわたり熊本都市圏発展の最も有力な自然資本である地下水を枯渇と汚染から守るために、阿蘇の北外輪山周辺において水源涵養林の植樹や棚田の湛水事業を続けております。水資源が立派な経済価値を持ち、水資源を守ることが熊本の経済や社会両面にわたって極めて効果のある地域振興策につながると考えているからです。このことは大手半導体メーカーが製造に必要な水を求めて、世界の中から熊本を選び、工場を建設したことからも明らかとなりました。

 皆さんが、毎日当たり前のように使っている水の価値と大切さを改めて認識してもらうためにも、日頃からの水に関する教育が重要です。企業や学校には、定期的な研修に「くまもとの水」をテーマとした研修を取り入れ、「なぜ水資源の量と質を守る必要があるのか」「量や質の劣化が起こった場合、どんな事態に陥るのか」といった「くまもとの水教育」を充実させ、地下水資源の大切さや守るべき理由をしっかり理解し、具体的な保全活動へ導いていただけたらと思います。

 

冬期湛水事業が実施されている大津町瀬田地区の田んぼ=2023年12月

 

 半導体企業に果たしてほしい役割を大西市長はどのようにお考えでしょうか。

 大西氏 「熊本が水の都である」ということを常に意識して、共に育み、守り、未来につないでいくということを企業活動の一つとして位置づけていただくことが重要だと思います。地下水は公共のものであり、熊本の皆さんの共通の財産です。

 また、優良な農地を保持していくことも重要です。涵養した農地で生産された農産物の購入や消費を企業も一緒に進めていただきたい。私が理事長を務める、くまもと地下水財団でも地下水を育み、その水田で栽培された農作物を購入し消費する「ウォーターオフセット事業」に取り組んでいます。

 

 地下水質を守ることも重要です。大野さんと大住さんが水質に関して心配していることや対策について教えてください。

 大野氏 水質の劣化や汚染は大きな問題となっています。当財団では、湧水池の水質調査を毎月実施して数値や画像データを蓄積し、時系列で変化をチェックしています。熊本地域の水道水の貯蔵タンクは私たちの足元にあります。そのことを常に意識し、各家庭や企業からの排水には特に注意してもらいたいと考えています。熊本市や上下水道サービス公社などに協力いただき『お家でできる”水にまつわるSDGs“』と題したポスター展も実施しています。内容は水循環を意識した家庭における水の使い方や、雨水を庭にためる手法の紹介です。 

 大住氏 熊本市の小学生は、市が力を入れていることもあり水についてよく学んでいます。私が突然、水について尋ねても、「熊本市の水道水は地下水100%!」と元気に答えてくれます。水を無駄にしないために、「油で汚れた容器はぼろ布などで拭いて洗う」「蛇口から水を流し過ぎない」など、大人に対しても厳しいです。

 上江津湖で簡単な水質検査を子どもたちと遊び感覚で定期的に実施していますが、江津湖の水はきれい過ぎて、ほとんど変化はありません。「でも、いつか変わる時が来たら大変だからずっと続けようね」と話しています。現実には、硝酸性窒素の問題などはありますが、江津湖のきれいな水を大事にしようと思ってもらうための検査です。

 

座談会は熊日倶楽部(びぷれす熊日会館7階)で実施=2月14日

 

 地下水の質という問題では、いま新たに有機フッ素化合物(PFAS)の問題が顕在化しています。熊本市内でもいくつかの調査地点で観測されていると思いますが、市としての対応を教えてください。

 大西氏 熊本市としてはこの問題が分かってからプロジェクトチームを発足し、調査を開始しました。定点観測している井戸は熊本市内に39カ所あり、その他に個人で使用されている井戸約330カ所をこれまで調査しました。まだ原因は分かっておらず、古くからそこに何かあったのか、何か流れ込む要素があったのか、不法投棄されたものがないかなど、さまざまなことを調べているところです。

 また、半導体関連企業の進出に伴うPFASへの懸念については、工場の稼働前の状況を把握し、稼働後のデータと比較して結果をオープンにすることが重要だと思っています。PFASの問題については徹底的に調査をし、下水道を含めて、半導体の関連企業が処理した水が適正で問題がないかを常に監視しながらきちんと公開していくことで市民や県民の皆さまの安心につなげていきます。

 

 最後に一言ずつお願いします。

 大住氏 地下水を守る上で、重要な農業を安心して続けるためには、作ったものが適正な価格で売れることが不可欠です。大工場群の進出が農産物の価格安定の起爆剤になることを期待しています。食料や地下水を育み、国土を保全する農業が持続可能で、未来永劫(えいごう)、熊本の地下水の恵を享受できるよう、「飲水思源(水を飲む時は、井戸を掘った人を思いなさい)」の精神を忘れないことが大事だと思います。

 大野氏 今後は、水資源保全教育にとどまらず、一人一人が大切な水を守るための具体的行動が重要になってきます。企業・学校・行政の皆さんと一緒に、「くまもとの水」を守る活動へ住民の皆さんを導くための仕組みづくりを進めていきます。

 大西氏 これまで申し上げたような取り組みと同時に、市民の節水意識を高めていく必要があると考えています。平成28年のデータでは、一人当たりの一日の生活用水使用量は、福岡市が198㍑、九州の主要都市の平均が210㍑、熊本市は221㍑です。210㍑を目標に節水運動を推進しており、皆さんの取り組みが地下水を守ることにつながります。日頃から意識していただければありがたいと思います。

 

NPO法人くまもと未来ネット

第4回アジア・太平洋水サミットにて同団体が設けた展示ブース

未来につながる持続可能な地域づくりを目的に、さまざまな活動に取り組むNPO法人。大切な水資源を次世代に受け継いでいこうと「生物多様性プロジェクト」を掲げ、中山間地の暮らしを守り、水資源を育む活動に力を注いでいます。

https://kumamoto-mirai.com/

 

公益財団法人肥後の水とみどりの愛護基金

水源涵養林の植樹や棚田の湛水事業を続ける阿蘇の北外輪山

地下水の保全と、それを涵養する森林や水田の維持・育成活動を37年継続しています。地下水保全や緑化推進に取り組む団体と個人を顕彰する「肥後の水とみどりの愛護賞」にも1987年から取り組み、これまでに369団体・個人を表彰。

https://mizutomidori.jp/

 

熊本屋台村 SDGs広場

SDGs広場の入り口

熊本屋台村に隣接する、地域活性化と地元交流、SDGsの発信を目的とした貸し出しスペースです。SDGsの17のゴールのどれか一つでも達成できるイベントであれば、誰でもスペースを借りて実施することができます。

 

 

地下水用語メモ

グリーン/ブルーボンド

地球温暖化など環境課題の解決に貢献する取り組みを「グリーンプロジェクト」といいます。そのうち海洋資源・生態系の保護、淡水資源の保全などに資する取り組みを「ブループロジェクト」といい、これらに必要な資金を調達するために発行される債権を「グリーン/ブルーボンド」といいます。

【参照】熊本市が発行するグリーン/ブルーボンドのご案内

くまもとグリーン農業

熊本県では、安全で安心な農産物を生産しながら、地下水をはじめとする熊本の豊かな自然環境を守り育てていくために、化学合成された肥料や農薬をできるだけ減らし、温室効果ガス排出量の削減に取り組む“環境に配慮した農業”を「くまもとグリーン農業」と呼び、推進しています。

【参照】くまもとグリーン農業ホームページ

有機フッ素化合物(PFAS)

有機フッ素化合物のうち、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物を総称して「PFAS」と呼び、1万種類以上の物質があるとされています。中でも、PFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)は半導体用反射防止剤・レジストや金属メッキ処理剤、泡消火薬剤など、PFOA(ペルフルオロオクタン酸)はフッ素ポリマー加工助剤や界面活性剤など幅広い用途で使用されてきました。どちらも分解されにくく環境中に長期間残留する上に生体内に蓄積しやすい性質を持ち、近年では有害性や免疫阻害性が問題視されています。

【参照】環境省「PFASに対する総合戦略検討専門家会議」、熊本市ホームページ

 

 

 


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