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第5回 有明海の干潟の恵み

SDGs視点で熊本を再発見!

 有明海沿岸には数多くの干潟があり、その面積は国内最大です。干潟は貝やカニなどの生物を育んでいるだけでなく、渡り鳥の渡来地にもなっており、豊かな海の象徴でもあります。荒尾市の国内最大級の「荒尾干潟」では、SDGsの目標の一つ、「海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」取り組みが進んでいます。

 

 

豊かな海の象徴 干潟を守れ

 7月末、干潮時刻の午後3時に荒尾市の海岸へ行くと、沖に向かって3㌔以上先まで、美しい干潟が広がっていました。

干潮時の荒尾干潟。奥に見えるのは雲仙です。荒尾干潟水鳥・湿地センター職員の大園涼一さん(66)によると、この辺りは昭和30〜40年ごろは海水浴場で、貸し切りバスや国鉄で熊本市内からも多くの人が訪れていたそう。また、アサリ漁の最盛期には全国のアサリ採貝量の3分の1ほどを荒尾干潟が占めていたそうです

 荒尾干潟は有明海の中央部東側に位置し、南北9.1㌔で面積は約1656㌶。単一の干潟としては国内有数の広さを誇ります。平成24年にラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)に世界で2054番目に登録されました。

 日本野鳥の会熊本県支部に所属し、環境省が実施するシギ・チドリ類調査に長年携わってきた安尾征三郎さん(83)によると、荒尾干潟や不知火干潟、白川河口干潟、球磨川河口干潟は日本有数の渡り鳥の渡来地です。特に荒尾干潟はシギ・チドリ類にとって、繁殖地のシベリアから越冬地のオーストラリアへ渡る際の中継地で、春と秋に飛来。過去のシギ・チドリ類調査では全国第2位の個体数が確認されたそうです。「多くの渡り鳥が飛来する理由は、餌が豊富で良い環境だから。荒尾干潟は渡り鳥に選ばれた干潟なのです」と安尾さんは話します。

荒尾干潟では年間で90種ほどの野鳥を見ることができます。中には世界で5千羽しか確認できていない絶滅危惧種クロツラヘラサギなど希少種も飛来するそう

 さらに、海洋生態学・沿岸環境科学・環境工学が専門の堤裕昭熊本県立大学長(66)によると、有明海はもともと富栄養の海で、植物プランクトンが海水中や干潟で増殖するため、貝や海藻類が良く育ち、豊かな生態系が育まれるそうです。

 しかし、「近年は地球温暖化の影響で植物プランクトンが減少し、小さな海洋生物の餌不足につながっている」と堤学長。加えて1960年代以降の川砂の乱採取で川から海への砂の流入量が減って干潟がヘドロ状になり環境が悪化。干潟に生育するアサリは減少傾向になっています。

 そこで地元では荒尾干潟を守り、その恵みを持続的に活用するための取り組みが進められています。荒尾市は、令和元年に環境省が建設した「荒尾干潟水鳥・湿地センター」で荒尾干潟の仕組みや生き物など情報を発信中。一人でも多くの人に干潟のことを知ってほしいと奮闘しています。また、官民が協力して荒尾干潟保全・賢明利活用協議会をつくり、ごみ拾いや野鳥観察会なども開催しています。漁業協同組合は、荒尾産のアサリを育成するために干潟の耕うんや砂をまくなどの再生の取り組みを行っています。

荒尾干潟水鳥・湿地センターでは、自然や生き物、漁業などについて学べます

同センターに展示されている渡り鳥(パネル)や干潟の生き物

同センターで乗車体験できるテーラー。耕うん機に荷台を付けたもので、漁業者がアサリ採りやノリ養殖の際に移動するために使用します

 荒尾市環境保全課の竹下将明さん(45)は「ラムサール条約は保全・再生と、そこから得られる恵みを持続的に活用する賢明な利用を目指しており、持続可能な社会を目指すSDGsともつながります」と話します。

 

アサリの人工種苗 実験進む

 熊本市西区小島の干潟もかつてはアサリの採貝漁業が盛んでしたが、採貝量は減少傾向にあります。そこで小島漁業協同組合と熊本県立大は、令和元年からアサリの人工種苗生産の共同実験に取り組んでいます。母貝を自然に近い状態で飼育し産卵させ、人工的にアサリの稚貝を作る実験です。同漁協事務局長の田﨑克さん(31)は「いいところまできていますが、まだ成功には至っていません。一般の漁業者も利用できるように安価で取り組みやすい方法を探しています」と、教えてくれました。

受精して卵割を始めたアサリの卵

水中の餌を食べているアサリの幼生(殻長約180ミクロン)

 また、同漁協ではノリの養殖が盛んです。ノリは光合成をして成長し、その際に海水中の二酸化炭素を吸収します。「豊かな海と地球を維持することにつながるノリの養殖にも力を入れていきたい」と田﨑さんは話します。


ココがポイント!

干潟の生態系を守る取り組みが急務

 

 熊本県は日本に残る干潟の約2割に相当する約1万㌶の干潟を有しています。その大部分が砂の干潟で、1970年代には年間6万㌧を超えるアサリが獲れていました。ところが、1980年代から漁獲量が急激に減少して、近年では500㌧に満たない状態が続いています。干潟の生態系は今大きな異変が起きています。アサリは今も生息していますが、春にはエイが、秋から冬には無数のマガモやオナガガモが干潟でアサリやその他の貝類を食べ荒らしています。成貝まで成長できる数が著しく限られて、繁殖期が来ても生まれる稚貝の総数が大幅に減っています。アサリを元の状態に戻すためには、稚貝を人工的に育て、それを干潟で保護しながら大事に育てることが求められています。

 

熊本県立大学長 堤 裕昭さん

専門は海洋生態学、沿岸環境科学、 環境工学。アサリの人工種苗作成技術の開発、干潟におけるアサリ高密度集団の再生のための技術開発 、有明海生態系の異変のメカニズム 、マイクロバブル技術を用いた農作物の生産性向上に関する管理などの研究を行っている。