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第11回 草原を生かす

阿蘇の草原 利用して守ろう

 阿蘇の草原は千年以上もの間、人が野焼きや草刈り、放牧などをして維持されてきました。しかし近代以降、草原はさまざまな理由で減少し続けています。その一方、阿蘇を拠点として、観光客などにアクティビティー(野外で行う活動的な遊び)体験を提供する「ASO  ACTIVE  NATURE  GUIDEあそBe隊」をはじめ、さまざまな団体・企業が草原の積極的な利用を進めており、サステナブル(持続可能)な取り組みとして注目されています。

あそBe隊のトレッキングで草原の輪地を歩く参加者。ガイドしながら草原を維持する仕組みや野焼きについても教えているそうです

  昨年12月、県内外からやって来た若者たちが、阿蘇の草原や林道をe│BIKE(電動アシスト付きマウンテンバイク)で駆け巡りました。「ASO  ACTIVE  NATURE GUIDEあそBe隊」が企画した催しの参加者です。「あそBe隊」は隊長の薄井良文さん(65)が2015年に立ち上げた団体。現在9名の隊員が所属しています。

あそBe隊のガイド隊員

 アクティビティーには観光客が普段は入ることのできない草原を利用します。野焼きをするエリアの境となる輪地(防火帯)を歩いたり、はしごやロープが必要な斜面を登ったりする「トレッキング」や、ロープを使って崖を降りる「ロープラペリング」、火起こしや星空観測などを楽しむ「ナイト・トレッキング」など内容は多岐にわたります。

ロープを使って崖を降りる「ロープラペリング」はスリル満点

草原や林道をe-BIKEで走る「アドベンチャーサイクル」

 「アクティビティーは阿蘇の草原に興味を持ってもらうためのきっかけ。さまざまな体験を通して、草原が必要とされてきた理由や野焼きの大変さ、何より草原の魅力を伝えています」と薄井さん。収益の一部を草原の管理者へ支払うことで、維持費のサポートにつなげています。

草原の維持に欠かせない野焼き。阿蘇グリーンストックは「野焼き支援ボランティア」の確保に取り組んでいます

 「今の時代に合ったサステナブルな草原の利用方法を考えていくことは、とても大切。利用が進めば、草原に新しい価値が生まれ、維持につながっていくからです」。そう話すのは、阿蘇の草原の再生・保全活動を行っている公益財団法人「阿蘇グリーンストック」(阿蘇市)の常務理事で農学博士である増井太樹さん(37)。阿蘇の草原は土壌中の花粉化石などの研究結果から1万3500年以上前から存在したと推測されています。当時は狩猟採集の場として草原が利用されていたのでしょう。その後、稲作に使う緑肥としての草刈り、牛馬の放牧の場として人々の生活様式の変化に合わせて利用されてきました。しかし、現在では化学肥料やトラクターの普及で草原を利用する機会が減ってしまったために、草原面積は100年前と比べ半分以下に減少しています。

熊本市中心街で1月末に実施した、あか牛を食べながら阿蘇の草原を考えるイベントで参加者へ向けて草原とあか牛の関わりについて話す増井さん。「あか牛の放牧は草原の維持に大きく貢献しています。あか牛を食べることは草原と関わるアクションの一つです」

 「阿蘇の草原を残していくには、これまでにない新たな利用や関わりが必要です。財団では野焼き支援ボランティアを組織。地元の方だけでは野焼きが難しくなった草原に対して都市部に住むボランティアを派遣して、草原維持に貢献しています。このような関わり方も新たな草原と人との関わり方の一つといえるでしょう。守るという考え方だけでなく、今の時代に合った関わり方を見つけていくことで無理のないサステナブルな草原の維持につながるはずです」と増井さんは話します。

 

ヒツジで草原維持へ

 阿蘇の草原の維持と、阿蘇で暮らし続けていくための新たな産業づくりを目指し、放牧でのヒツジ飼育と、肉や羊毛を流通させる仕組みづくりに取り組んでいる団体があります。

 阿蘇地域の農家や旅館、自営業者ら8団体・個人が参加する「県阿蘇ひつじ研究会」です。設立は2019年12月。昨年度まで東海大農学部で技術員として指導していた實田正博さん(60)が会長を務めています。「ヒツジは野草を食べるので、草原の維持に貢献します。また、牛よりもサイズが小さいので、畜産家が高齢になっても飼育しやすいというメリットがあります」と實田さん。

精肉する加工場も整備。肉の販売先も増えているそう

 牧野以外の草原で育てた野草も餌として与えており、草原の利活用にもつなげています。昨年10月には食肉加工場を整備し、肉の販路拡大も進行中。羊毛を利用した衣料品の量産も計画しています。

阿蘇市の箱石峠付近の草原に放牧されているヒツジ


ココがポイント!

草原は人と自然との共作

 阿蘇に代表される日本の草原の多くは「半自然草原」と呼ばれます。温暖で雨の多い日本では、草原を放置すれば森林へと移り変わります。そのため、草原として維持していくためには火入れや草の刈り取り、放牧などの人の関わりが必要です。近年の日本では、このような自然に対する人の関わりが減った結果、多くの生き物が絶滅の危機に瀕しています。特に絶滅が危惧されているチョウ類の半数以上が草原をすみかにしているとされ、草原の減少は日本の生物多様性保全の観点からも大きな危機となっています。さらに草原には、水源涵養機能やCO2の固定機能などさまざまな恵みがあることも、科学的に明らかにされてきました。

 まだまだ私たちが気付いていない恵みが草原には隠されているのかもしれません。草原をなくすことなく地域の宝として維持し、今の時代にあった形で草原からの恵みをいただく。そんな暮らしぶりを熊本からつくっていきたいですね。

 

公益財団法人 阿蘇グリーンストック 

常務理事   増井 太樹さん

1985年生まれ。鳥取大学大学院農学研究科修了。岐阜大学連合農学研究科(博士後期課程)、真庭市役所(岡山県)を経て2022年より現職。博士(農学)、技術士(環境部門)